下の親知らずを抜く日、私は少し緊張しながらも、これで長年の悩みから解放されると楽観的でした。抜歯自体はスムーズに終わり、歯科医から渡された注意書きの紙を眺めながら帰宅。痛み止めを飲めば、まあ耐えられるだろうと高を括っていました。その油断が、後に続く地獄の始まりだったのです。抜歯から三日目の朝、私は今までに感じたことのない種類の痛みで目が覚めました。ズキズキというよりは、顎の骨の奥深くから、えぐられるような持続的な激痛。痛み止めは全く効かず、冷や汗が止まりません。口の中からは、ドブのような、なんとも言えない悪臭が漂っていました。これは普通じゃない。すぐに抜歯してもらった歯科医院に電話をかけ、駆け込みました。口の中を診た先生は、静かに「あー、ドライソケットですね」と告げました。抜歯した穴を覗くと、そこは黒い血の塊があるべき場所ではなく、白っぽい骨が剥き出しになった不気味な穴が開いていました。先生は私の生活習慣について尋ねました。私は正直に、仕事のストレスからタバコがやめられないこと、そして長年ピルを服用していることを伝えました。その瞬間、先生の顔が曇り、抜歯前の注意書きにあった「ドライソケットになりやすい人」の項目に、自分が完璧に当てはまっていたことに気づきました。特に、抜歯後も我慢できずに数本タバコを吸ってしまったこと。そして、口の中を清潔にしたい一心で、強めにブクブクうがいをしてしまったこと。良かれと思った行動が、貴重な血のかさぶたを剥がし、自ら地獄の扉を開けていたのです。そこからの治療は、麻酔をして穴の中を掻き出し、薬を詰めるというものでした。痛みは少し和らぎましたが、完治までにはさらに二週間以上を要しました。食事もまともに取れず、痛みで眠れない夜が続き、心身ともに疲弊しきったあの日々は、今でもトラウマです。私の体験が、これから抜歯を迎える誰かの、ほんの少しの警告になることを願ってやみません。